【終章】 – 終わりの始まり

________

闇に支配された教室に漂う香りは、私の、身体の匂いだった。

いつも使っているボディーソープの匂いと汗の臭い。

夏休みの前は、毎日 通っていた学舎。

今、私は、この大切な思い出の場所で、裸のまま吊るし上げられている。

もう、ダメだった。

エナジーは、ほとんど残っていない。

もし、今、ゼードが暗黒の魔剣を私に振り下ろしたなら、耐えることはできないだろう。私の体は、包丁で野菜を切るように、たやすく両断されてしまうに違いない。

つまりは、もう抗う力は残っていなかった。

けれど、魔人がそのようなあっさりとした終わらせ方をするつもりがないことは明らかだった。

これから、魔法少女としての最後の時間がやってくる。

髪の色は、遠からず、青から黒へ。

魔法少女ユキの青ではなく、ありふれた少女の黒髪へと変わるだろう。

私を魔法少女に導いてくれた小さな妖精の男の子も、今はいない。

フルール。
彼は魔人の闇の魔法によって、人間の少年の身体にさせられていたから。

今、彼は、私の隣に移動させられて、私と同様に手枷と鎖の魔道具に拘束され、全裸で天井から吊されている。

私たちは、二人並んで、ゼードに鑑賞されているのだ。

吊り下げられるとき、ゼードによって魔法少女のコスチュームは破り捨てられ、脱がされた服は闇のエナジーに焼かれて灰になってしまった。

頭にだけ、聖なるサークレットが残されている。

おそらくは悪意によるものだろう。

かつて戦士だった名残をひとつだけでも残しておくことで、辱めを与えているのだ。

ゼードの左の小指には、私から奪った聖戦士の指輪が嵌められている。今や、私の聖戦士のコスチュームを奪うも残すも、彼の好み次第ということ。

よくよく見れば、彼の両手の指は私の指輪だけでなく数々の色とりどりのリングで飾られていた。
もしかしたら、そのうちのいくつかはかつてどこかの魔法戦士達から奪ったものかもしれない。

闇に支配された夜の教室の床や壁、天井のあちこちに、ゼードが召還した特大の魔妖虫……魔界の夜光虫が蠢いている。

魔の虫達の身体の表面で光る丸いレンズのような何か。
それらが放つ光によって、三人の男女が妖しくライトアップされている。

暗黒の鎧に身を包んだ、悪逆の強者と。

吊り下げられた、虜囚の少女と少年。
裸の、私たち。

_________________

闇の魔人は無言で歩み寄り、フルールの足の間にある彼のペニスを指でつまんだ。

エナジーを解析され、体は魔人の意のままとなったフルールのそれは、少年自身の意志とは関係なしに屹立していき、やがて完全に勃起した。

その出来具合に満足げにうなずきつつ。

魔人は私の方へと手を伸ばし、私の脚の間にある大切な割れ目へと指を押し当てて広げた。

秘所の具合を確かめた後、闇の魔法陣から召還した肉色の妖虫をつまみあげ、その分泌液を割れ目の中に塗り込んでいく。

ああ、そうか。

私は理解する。
この魔人は、完全に勝とうとしているんだ。

私のエナジーが尽きて変身が解除されるのを、自然の時の中で待とうとはしていない。

魔人は、それを、自分の手で行いたいのだ。

神聖な儀式をとりおこなうような厳かささすら漂わせて、魔人はその指先にピンク色に光る魔力を灯し、小さく何かの呪文を口にする。

そして、私とフルールの下腹部を中心に、肌に何やら得体の知れない紋様を描いていく。

先ほどまではしゃべりすぎるほどに饒舌だった魔人が、今は無言を保ち続けている。

私達があげる、嗚咽の呻きを。鼻をすする音を。悲嘆の叫声を。
そのひとつをも聞き逃すまいと、魔人は自身の息すら殺している。

だから、教室に響くのは。

「……ゥ……くぅ……、…ぅあ………ッ…」
「………んむっ……ふっ………ァ……はぅ………ッ…」

いやらしい魔術の技で身体を鋭敏にされていく、私とフルールの声にならない声だけ。

_________________

吊るされたまま、身体に淫らな処置を施されながらも。

私たちは、心を無にしようとした。

泣いても。叫んでも。
この魔人を喜ばせるだけだとわかったから。

ならば、せめて。

心を殺して。死んだようになって。
人形のように無抵抗を決め込んで。

もうこれ以上は、楽しませてやらないと。

私とフルールは、言葉にせずに、
目と目で互いの意志を確認して。

『 命は奪われても、心までは好きにさせない 』

ふたりでそう決めた。

この勝ち誇る魔人を失望させてやろう、と。

心が死んだような表情を取り繕って、無言の人形を決め込んでやろうと。

________

 

……そうしようとしたけれど。

でも。それは、あまりにも他愛のない、儚い取り決めだった。

月のない暗黒の夜。

みんなと過ごした思い出の教室の中に、
一人の魔法少女と、一人の妖精の声が響き始める。

ひとたび、鎖を外されて。

床の上に転がされて。

互いの肌を会わせた後は。

もう、止まらなかったのだ。

愛し合っている二人だったから。
もともと、互いの事が好きだった二人だったから。

「……あ……あぁ……フルール……ああ、フルール……」
「ユキ……ああ、ユキ……」

無言の人形を決め込んでいられたのは、吊り下げられて鑑賞されていたときまで。

床の上で体を重ねた後は、
ふたり様々な想いが一気にこみ上げてきて。

身体の温かさを。やわらかさを。湿り気を。
全身の皮膚で、互いにそれを求めようとして。

火のような、吐息に触れて。
蜜のような、唾液にまみれ。

いっしょに、嗚咽しながら。
泣きじゃくりながら、互いの体をこすりつけ合って、求め合うしかなかった。

「……あぁ……あああああああーーっ、あーっ、ああああああーっ」
「……うぇえええ、……うぇええん、……ひっ……ひっ…、ごめん、ごめんよぉ………」

 

暗黒の魔人ゼードが、私達に命じた。

「まぐわえ」

と。ただ、それだけを。

恥辱も屈辱も感じなかった。

私も少年も、それを望んでいたから。

私達は互いの涙を舐め合い、許し合い慰め合いながら、ひたすら唇を重ねて貪り合った。

指で互いの秘所をまさぐりあい、肉の愉悦に酔いしれた。

声に混じって響くのは、生々しい、互いの体液がかき回される水音。

暗い情欲。

私達は、ひたむきに舌を絡ませ、
唾液を交換し、脚を絡ませ、腰を打ちつけ合う。

確定した絶望の未来を前に、
ひたすらそれから目を背けて、刹那の快楽に堕ちる。

それしか残されていなかった。
だからせめて、楽しみたいと思った。

________

この闇の儀式が始まる前に、魔人は私達に宣告した。

『じきに、おまえ達に封印された魔族達が全て開放される』

『残された時間は、あとわずかだ』

『せいぜい、最後の甘いひとときを過ごすがいい』

嬲るように。憐れむように。

________

 

それを、そのまま受け入れて。

ならば、地獄に堕ちる前に、愛する人と求め合いたいと思った。

好きな人の中に、逃げ込みたかった。

憎むべき敵を前に痴態を晒してでも、ただただ互いを慰めたかった。
数瞬でも数秒でも、恐怖を忘れたかった。

完全なる、敗北。

闇の魔人ゼードよって、今、それはもたらされた。

フルールの屹立したペニスが、私の濡れた割れ目に出し入れされるたびに。濡れそぼる秘所から淫らな水音が響き渡るたびに。

「ァアーーーーーーーー…ッ、アッ、アッ、アッ、アーーーー…っ!!!」

痛烈な破瓜の痛みと、甘美な愉悦にあられもなく叫ぶ私と。

「…ふぅあああああ、ユキ、ユキ、ユキユキユキユキユキユキユキユキーーッ!!」

許されざる愉悦に狂ったような嬌声をあげるフルールと。

私達の敗北、その堕落と陥落はもはや誰の目から見ても明らか。

魔法少女ユキと妖精フルールの間で交わされた守護契約が綻び、瓦解して。

ふたりの体に描かれた淫らな紋様から、光のエナジーがこぼれて闇の中へと飲み込まれてゆく。

音もなく、荘厳に。幾千幾万もの夜光虫ように。

魔法少女と妖精の、終焉。

エナジーの大放出が、強制執行されてしまったのだった。

それと、ほぼ同時に。

「うああ、ふああああっ」

びくんびくんと、私の身体に覆いかぶさったフルールの体が大きく痙攣する。

とても、とても可愛い声をあげて妖精だった少年が悶える。

「ああ、ああぁあうあ、あー、はぁあああっ」

ビュクンビュクン、と。

私の中に精を放つ。

その熱さを。思いを。

「……あぁあああああ、あああああああ……んあああーーっ、あ、あっつ、あんあぁあああ、あー!!」

私はこのうえない喜びとともに、受け入れる。

これから始まる、破滅の始まりを前に。

私とフルールは、今、契りを結んだのだ。

どれほどの地獄に堕とされても、
心は共にあることを願って。

愛する者と身体を重ねた、
この瞬間だけは忘れないことを誓って。

___________________

ぴきり。ぴしり、と。

音がして。
机の上に置かれた、封印の小瓶に亀裂が入る。

小さな勇者の心は、完全に砕けてしまったから。

魔物を封印した、妖精の小瓶は、
間もなく完全に割れて壊れてしまうだろう。

________

ひび割れた小瓶から洩れるのは、ヒトならざる者達の怨嗟の声。

「……ヨクモ」「ヨクモ、ヨクモ」

「許スモノカ」「赦スモノカヨ」

「犯シテ汚シテ、穢シテ侵シ尽シテヤル」

「殺シテ喰ウノハ、ズット先…」」

「…嗚呼,楽シミダ。…待チ遠シイ…」

________

小瓶の中に閉じこめられていた魔物達は蘇り、
復讐心に猛り狂いながら自分達を封印した者達の姿を求めるだろう。

彼らの目に映るのは、魔法の力を失った裸の少女と少年。

闇の中で泣いて震える哀れな獲物。

その柔らかい肉は、魔物達の格好の餌食となるに違いない。

暗黒の魔人はそれを、愉悦とともに眺め続けるのだ。

これから先、少女達を待ち受けるのは気が遠くなる程の、長い時間におよぶ魔族達による嗜虐の狂宴。飽くなき陵虐。肉の地獄。

そして敗北の魔法少女と妖精は、魔界へと連れ去られ、数多の魔物達によって嬲りぬかれる。

狂うことすら認められず。
死すら許されず。

闇の魔法によって、幾度も蘇生させられて。

果てすら見えない、
汚辱にまみれた永劫の中で、
少女達は泣き叫び、跳ね狂い、悶え続けることになる。

_________________

【終】

 

_____________________________

← 前のページへ

_____________________________

>> 目次

 

>>> 二次創作 置き場