【序章】- 真夜中の戦い

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ドォゴォッゥン!!

響き渡る炸裂の轟音。

「グフェアアアアア!!」

打ち込んだ拳の先には確かな手ごたえ。しかし、まだ決定打じゃない。

真夜中の工事現場。
街の中心から少し離れた、解体途中のビジネスホテル。

「…グゴォァ゛……、……ア゛ッ゛……、……クソ…、クソッタレガァァアアアアーーー!!!!」

建物全体に響き渡る、巨漢の怒号。
肩からヤリ貝のような突起を生やした異形の化け物が、私の目の間で吠えている。

あとわずかで頭が建物の天井に当たりそうな、巨人。
身長はゆうに2メートル半を越える。

つまりは、ヒトではない何か。
魔物と呼ばれる悪しき怪物。

「 クソッタレの魔法少女がぁっ! せっかくのお楽しみを邪魔しやがってぇえええーーーーっ!!」

その怪物が憎悪と殺意をたぎらせた目で私を睨み。
そして、私が守ろうとしている子達を見据える。

私の後ろには、床の上に倒れ伏している少女がひとり。

上着とスカートを脱がされて半裸の姿になった女のコが冷たいコンクリートの上にピクリとも動かずに横たわっている。おそらくはまだ中学生の女の子だ。

そして、意識のない少女の胸の上で、彼女を守るように緑色の小さな光が輝いている。

光の主は、妖精フルール。私の頼れる相棒だ。

「大丈夫だ、ユキ。まだヒドい事はされていない。気を失っているだけだよ」

手のひらサイズの小さな少年の姿にもかかわらず、戦いの場でも冷静沈着。その在りようが、とても頼もしい。

「せっかくだ。このコには、このまま眠っていてもらおうか。変に騒がれても困るからね」

妖精の少年は、常に的確な判断で私の戦いをサポートしてくれるのだ。

「ああ、それと。建物周辺には遮音の結界を張っておいたから。いくら大暴れして騒いでも、周辺住民の安眠を妨げる心配はないよ」

ポウっと手慣れた仕草で宙にいくつもの魔法陣を描きつつ。妖精の少年は、肩をすくめて言った。

「ねぇ、ユキ。ボクはちゃんと仕事をしてるんだからさ。キミもさっさと、そこの大型害獣をやっつけちゃってよ」

ちょっぴり生意気な彼のジョークに苦笑しつつ、私は大きくうなずいて見せた。

月明りに聖なる戦士の証たる手甲を煌めかせて、私はファイティングポーズをとって応える。

「うん、わかった! やっつけちゃうね!」

そう。魔法少女として選ばれた私は、つとめを果たさなくてはいけない。人に仇なす魔物たちをやっつけて封印しなくてはならないのだ。

それが私が選んだ道だから。

魔法少女 ユキ。

それが、今の私。

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「なめんなぁ、このクソガキどもがぁああああ!!」

『お楽しみ』を邪魔されたうえに、小娘に『やっつけちゃう宣言』をされた事で、怒り心頭に達してプッツンしちゃったのだろう。

2メートルを超える異形の巨人が丸太のような剛腕を振るって殴りかかってくる。

しかし、この大振りの攻撃こそがチャンスだ。

私は正面から受け止める。

「ホーリーカウンターッ!!」

裂帛の気合と共に、私は巨人の拳を利き腕でガード。
ゴキィッ! と鈍くイヤな炸裂音が響く。

砕けたのは、巨人の拳。

私はまったくの無傷。

信じられないという目で、敵は嫌な形に変形した自身の拳と噴き出す血を眺めている。

妖精フルールに聖戦士型の魔法少女として見出された私には、いくつかの加護が与えられている。そのうちのひとつが『聖衝壁』と呼ばれる不可視の盾を使用できることだ。

巨大な物理的エネルギーの衝突を、見えざる絶対の盾で弾き飛ばすことができる。タイミングさえ合わせれば、恐るべき破壊力の攻撃をそのまま相手に跳ね返すことも可能なのだ。

相手がひるんでいるこの隙を逃す手はない。

ここは一気にたたみかけなくちゃ。

「セイント・ホーリーハンマーッ!!」

あらゆる物理攻撃を跳ね返す最強の盾を形成するエネルギーを、聖なる鉄拳へと集束させて。

私は一気にそれを巨漢のみぞおちへと叩き込む。

ドゥン、と響き渡る重低音。私の拳は巨漢の肉の壁を打ち抜き、皮ごしに胃袋へ痛撃を与える。

「ごぶぇっ!!??」

鈍いうめき声とともに、地に倒れ込む巨漢の怪物。
苦悶の表情で、半死半生の状態でビクビクと震えている。

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「…ぐふぅえええええ……ッ…!!…」

腹を両手で押さえ、床に突っ伏して悶絶する小山のような巨体の魔物。ビクンビクン、と腰を大きく震わせる。
彼の肩から生えていたヤリ貝のような巨大な突起がほどけて触手となり、床の上でビチビチと苦しそうに悶えている。

うわ、これ触手だったんだ。使われていたらやばかったかも。

そんな私の内心の安堵を見透かすように。

「うわー。これ、触手だったんだー。奇襲っぽく使われていたらヤバかったかもねー。ユキ、ラッキーだったね」

私の耳元で軽口を叩く妖精の少年。

いやいや、運も実力のうちだし。

「遊びじゃないんでしょ、フルール!」

そもそもせっかくの勝利を気安くラッキーだなんて言う物言いが気に入らない。ちょっぴりイラっときて、少し強めに言ってやった。

「早く魔物を封印してよ!」

魔物を封印するには、この目の前の魔物のようにいったん身動きできないほどのダメージを与えて無力化しなくてはいけない。

しかし、ノックダウンさせても油断はできない。倒した魔物が耐久性と回復力に優れたタイプだと、すぐに反撃や逃走を図ることもあるのだから。

焦りと危機感もあって、私の口調はちょっと厳しくなってしまう。

「わ、分かってるよ…!」

口を尖らせながら、相棒の妖精が転移の魔法で『封印の小瓶』を取り出す。

波打つ光と共に、宙に現れるガラスの小瓶。

私達人間から見れば指先ほどの大きさの小瓶だけど、小さな妖精の彼にとっては樽のように両手で抱えなくてはいけないシロモノだ。

そんな小瓶を抱えて宙に浮かぶ妖精を前に、地に這いずる巨大な魔物が情けない声をあげて許しを乞う。

「……や、やめ…やべぇてグ…ぇええ……」

どうやら魔物たちにとって小瓶への封印は、死よりも恐ろしい決着の形らしい。

これまで私が打倒してきた魔物たちすべてが、この小瓶への封印を恐れた。
中には、封印されるくらいならと自ら死を選んだ者もいたくらいだ。

「封印……だけは……。……イヤ……だ…………お、おと……じく……がぇ……がえるカラ……」

おとなしく元の世界へと返る。魔物はそう訴えていた。

元の世界に。『魔界』に帰るから。封印だけはやめてくれ、と。訴える。

けれど妖精フルールはいたって冷淡だった。

「帰った後で、また戻って来られても困るんだよ」

うんざりした表情で答えつつ。

『 封印魔法! 黒き者よ昏き闇に飲まれるべし!』

ぞんざいな口調で、魔法の言葉を唱える妖精の少年。

「……イヤだ……イゥヤァアダァア、…ヤベェデェエアアアアアアア……~~~……」

惨めな絶叫をあげつつ、排水溝に流れている水のように渦を巻きながら小瓶に封じ込まられていく巨漢の化け物。

そんな彼の無念をゴミ箱へと放り込むように。妖精フルールが封印の小瓶に小気味よい音で蓋をする。

……ぱきゅん。

「…ふふ」

いつもながらその仕草が妙に可愛くて、思わず私は小さく笑ってしまう。

ここでようやく、夜風が心地よく頬を撫でているのに気づいて。

私は今夜の勝利に安堵した。

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真夜中。
戦いの後の、冷えたコンクリートの上で私は大きく息を吐いた。

( 勝てて良かった )

達成感の心地よい疲労に浸ってみる。

ここ数日、近隣の街で発生し続けた少女達の昏倒事件。

少女達を専門に狙ってヒドい悪戯をする何者かの存在を、妖精の少年は指摘した。

少女達はみな原因不明の昏睡状態で、病院のベッドの上。

魔物に襲われ、何らかの呪縛の魔術をかけられたらしい。妖精の相棒いわく、気に入った人間を人形化して遊ぶ事に喜びを見出す魔物もいるのだとか。

けれども今夜、原因となる魔物を封印することができた。

遠からず魔物がかけた呪縛から解放され、少女達にも笑顔が戻るはず。

そう、つまりは。

 

( 今回も無事、大きな仕事を終える事が出来た)

そんな感覚にどこか大人っぽさを感じてむず痒くなる。

熱く火照った身体を、心地よく冷やす夜風をもっと感じたくて。
軽く目をつぶりつつ背伸びをしてみる。

静かな充実感に浸る私に、妖精の少年が訪ねてきた。

「ねぇ、ユキ。この助けた女のコ、どうする?」

「……んー。どうするって……いつものようにフルールの魔法で交番まで誘導するしかないんじゃないかな? 例の催眠術っぽいアレで」

妖精の少年の言葉に相槌を打ちながら、あらためてこの非現実な関係に不思議な気持ちになった。

人々を悪い魔物から守ることを使命とする、妖精の少年。
そんな彼に、聖なる戦士として見出された私。

うん。

やっぱり、不思議。

どうして。

どうして、私が選ばれたのかな。

真夜中。

時計の針はとうに12時を回っている。

妖精の少年と出会う前は、ベッドの中で眠っている時間だ。

今、こんな時間を過ごしている事に、非現実感を感じながら。

夢見るように。私は、胸の中で呟いた。

『……うん。決めた』

いつか、聞いてみなくては。

なぜ、彼が私を選んだのかを。

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