4 – 対決

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一瞬。目の前が真っ暗になる。

足下がぐらりと揺れた気がして、思わず膝に力を入れつつも、二歩三歩と後ずさる。
はーっ…はーっ…と、過呼吸をともないながら口の中が急速に乾いていく。

今、目の前の魔人に私の正体を知られたということは、すなわち。

私の知る全ての人達を、人質にされたようなもの。

両親を。

友達を。

今まで関わった全ての人たちを暗黒の魔人の手中に収められてしまったということ。

もはや、魔人を打ち倒し、フルールを奪還できればそれでいい、というわけにはいかなくなってしまった。今、この状況で魔人に危害を与えようとすれば、それはすなわち……。

「グハハハハハ。いいぞ、その絶望の表情。実に、そそる」

愉快そのものといった様子で笑う。

「……クク。その顔、もう少し眺めていたいところではあるがな。……だが、しかし。しかし、だ」

魔人は両手を広げておどけるような仕草をしつつ言った。

「魔法少女よ。ひとまずは安心するがいい」

「…………?」

私は魔人の言葉の意図を計りかねた。安心? 何を? この状況で?

「おまえの家族や知人どもを押さえたのは、あくまで保険だ。人質として使うのは、この妖精一匹で充分だからな」

「………なっ」

咄嗟に言葉が出ない。
いったい、この魔人の狙いは何なのか。

そんな私の懸念を見透かしたように、魔人が要求を言い放つ。

「この場から逃げるなよ、ということだ。今、おまえが逃げれば、家族や知人の安全は保障できん」

その言葉に、私は歯噛みする。もとより逃げるつもりなどない。けれど、家族や学校のみんなを危険に晒すようなことはできない。

もし、この状況で 『大人しく軍門にくだれ』 などと言われたら。

私はいったいどうすればいいのか。

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そんな私の覚悟を嘲笑うように、魔人が言葉を続ける。

「小娘。この妖精の小僧を取り戻すべく、全力で向かってくるがいい」

「ふぇ?」

予想外の魔人の言葉に、不覚にも間の抜けた声を漏らしてしまった。
てっきり 『抵抗するな』 とか 『命を差し出せ』 とか言ってくると思っていたから。

そんな私の反応を楽しむように。

「……んん? 『無抵抗のまま殺されろ』 とでも言うと思ったか? 馬鹿め、そんなつまらん殺し方をしてどうする」

暗黒の鎧に身を包んだ巨躯の魔人が、芝居がかった口調で名乗りをあげる。

「我が名はゼード。闇より来たる悪逆の強者」

そして、悪意に満ちた口調で言葉を続けた。

「我が目的は、魔法少女ユキと妖精フルールの抹殺。そして、貴様らに封印された同胞の魔物達の開放。このふたつを成すべく、魔王様は俺を人間界へと派遣されたのだ」

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魔人の言葉を遮るように、フルールが叫ぶ。

「ユキ、耳を貸すな! こいつは 『妖精狩り』 の異名で知られる凄く危険なヤツなんだ! 今まで僕達が戦ってきた魔物とは格が違う!!」

そして懇願するように訴えてくる。

「後生だから、君だけでも逃げてくれ! 過去数十年の間に数多くの妖精達を殺してきた最悪の敵なんだ」

そのフルールの言葉の後に、続けるように魔人が説明を加える。

「ふふ。その通りだ。それがこの『妖精狩り』のゼード様よ」

その落ち着き払った態度が、憎々しい。

私達の敵意に、何ひとつ物怖じせずに言葉を続ける。

「本来なら俺ほどのレベルの魔人が人間界に出張ることなど、そうないのだがな」

肩をすくめながら、軽い口調で言ってのける。

「しかし、いかに自業自得のどじな連中とは言え、人間界に物見遊山に出かけた魔物がたて続けに封印されていると聞けば放っておくわけにもいかん。同胞を救い出すべく、こうして足を運ぶことになったわけだ」

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腕を組みながら、余裕の態度を崩さない魔人。

その指先につまんだ小さな小瓶に気づき、私は呻く。

「魔人。その、小瓶は」

「ああ、これか。先にその妖精から取り上げた『封印の小瓶』よ」

魔人ゼードが手にする、小さなガラスの小瓶。

「さすがは妖精どもの親玉、精霊王の手で作られた特等の魔道具だけのことはあるな。そう簡単には開封できんシロモノのようだ」

それを指先で弄ぶゼードに、私は反射的に叫ぶ。

「開けられてたまるもんか!」

瓶いっぱいに、真っ黒なインクを詰めたような見た目の、魔法の小瓶。

瓶に収められた黒のインクのようなそれは、すなわち人に仇をなす数多の闇の眷属を凝縮したもの。あの小さな小瓶には、凶悪な魔物が何十匹も閉じこめられているのだ。

けれど、本来は妖精フルールの所有物。

なんてこと。
悪逆の魔人の手に、それが渡ってしまうなんて。

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夜の教室に、魔人ゼードの声が響く。

「開けられぬなら、割るしかない。割るしかないのだが……」

ゼードは忌々し気に、小瓶をつまんでみせる。

「この小瓶は、我ら魔族の力をもってしても割ることはできぬほどに頑丈に出来ているようだな。下手に燃やしたり凍らせたりすると、中に閉じ込められている同胞たちに危害が及ぶ。実に厄介だ」

しかし、その言葉の内容とは裏腹に口調はどこか余裕が感じられる。
彼はこの状況をまるで何かのゲームのように楽しんでいるようだった。

「…ふふ。まぁ、実のところ、どうにかする算段はついておるのだ」

楽しそうに。心から楽しそうに。

「この『封印の小瓶』の強度は、所有する妖精の心の強さに左右されていてなァ…」

魔人はおどけた口調で言ってのけた。

「妖精の心を完全にへし折ってやれば、小瓶もまた砕け散るというわけだ」

その説明が意味するところ。それは、すなわち。

封印の小瓶は、妖精フルールの心そのものだということ。

きっと、この魔人はフルールの心を壊すためにこの罠を仕組んだのだ。

私の推測を肯定するかのように、魔人が得意げに笑う。

「妖精の心を砕くには、相棒の魔法少女が打ち負かされ痛めつけられる姿を見せてやるのが一番手っ取り早い」

歯噛みする私達を前に、魔人は含み笑いで鎧を鳴らしながら講釈する。

「貴様をこの場で叩きのめし。その命と引き替えに、妖精に魔物を封印する使命を放棄するように仕向ければ。……おのずと小瓶も、効力を失うことになるだろうよ」

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魔人を目の前にして、理解する。

その圧倒的な悪意と実力を。

終始崩さない余裕の態度は、自己の力量に裏打ちされてのもの。
その力をもって、当然のように私を倒し、踏みにじる気でいる。

けれど戦うしか、なかった。
いや、そもそも始めから相棒のフルールを置き去りにして 『逃げる』 という選択肢は私の中にはない。いかに強力な相手だろうと打ち倒し、彼を取り戻す。

それしか、ない。

「フルール。少しだけ、待ってて。この魔物、もう黙らせちゃうから」

これ以上のおしゃべりは無用。

「……はぁああああっ」

四肢に聖なるエナジーを集約させて、私は臨戦態勢をとる。

フォオオオオオッン!

聖なるエナジーは青い光をともなうオーラとなって、手足のみならず私の身体全体を覆っていく。

攻守一体の聖戦士の闘気をみなぎらせ、私は敢然と戦いの構えをとる。

対する魔人ゼードの足下からは、ブスブスと黒い炎を巻き起こしながら、暗黒の魔剣がせり上がるように出現しつつあった。

床から出現した魔剣を引き抜き、落ち着き払った様子で構えるゼード。

「ふふ。 我こそは魔界より来たる悪逆の強者。戦略と武技をもって敵を打ち倒し、蹂躙する事に無上の愉悦を感じる者なり」

芝居がかった口調に磨きをかけ、長々とした口上を言ってのける魔人。

「出し惜しみをするなよ、魔法少女。死力を尽くした後の、その先にある敗北と嘆き。貴様の泣き悶える姿こそが最高に見物なのだからな」

あくまで余裕の態度が憎々しい。

けれど、その余裕が油断に繋がるならば。

そこにつけ入る隙がある。

速攻だ。狙いは強打。会心の一撃。

人質を使う余裕すら与えないほどの、一瞬にして意識を刈り取るクリティカルヒット。

あっけないほどの決着こそが望ましい。

「……せぁああああああああッ!!」

教室の床を踏み砕く勢いで後ろ足で蹴りつけて、私は一気に魔人との距離を詰めたのだった。

 

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