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私とフルールはいつも、相棒として街を守ってきた。
妖精フルール。
小さな少年の姿をした、少し生意気な男の子。
大きさは、私の手の平の上で立つことができるくらい。
背中には、とても綺麗な羽が生えている。
その羽をくすぐると、フルールは顔を真っ赤にして怒る。
たぶん、凄くくすぐったいのだ。
それは、私だけが知っている秘密。
そんな小さなものから、もっと大きなものまで、私たちは、たくさんの秘密を二人で分け合ってきた。
私が、フルールから魔法少女としての力をもらったことが、その中でも一番の秘密。
ケンカもたくさんしたけれど、私たちの心は、強い絆で結ばれている。
そう。強い絆で結ばれているのだ。
なぜなら、私とフルールは共に戦う仲間だから。
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人知れず、この街は魔物達に襲われている。
例えば。子ども達をさらい、悪夢を植え付ける魔人。
例えば。夜の闇に女の人達を引きずり込んで、呑みこもうとする魔獣。
おそろしい、本当におそろしい魔物達。
そんな彼らの魔の手から、私にみんなを守る力をくれたのが妖精の男の子フルールだった。
フルールが私に与えてくれたのは、魔法少女に変身する能力。
闇の底から現れる魔物達を打ち払う、聖なる戦士として戦う力。
私とフルールが出会ってから、まだ半年くらいだけど、その間に幾度もの魔物達との戦いがあって、2人で力を合わせて乗り越えてきた。
『 どうして、私を選んだの? 』
そう訊いてみたことがあるけれど、フルールは照れたように話をごまかしてばかり。
いつか絶対に聞き出してやろうと、私はこっそり心に決めている。
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今。季節は夏。
夕暮れから夜にかけての、セミ達が静かになり始める時間。
私がいつものように塾から帰ると、もうすっかり暗い時間になっていた。
夏の間は、おばあちゃんの家に買い物を届けて帰ることになっているから、どうしても遅くなってしまう。そんな私を気づかって、フルールはその間も代わりに町をパトロールしてくれている。
『パトロールは、のんびり屋のユキがいない方がはかどるくらいさ』
ときどき、そんな生意気な憎まれ口をたたいたりもするけれど、優しくて頼りになるフルールが、私は好きだ。
「ただいま。フルール、いないよね」
今夜も、部屋にフルールの姿はない。
フルールのことは心から信頼しているたけれど、彼が魔物の姿を追って部屋にいない時は胸がキュッっとなる。
相棒として、友達として。すごく心配になるから。
今日は特に、なんだかイヤな予感がする。
夕食までの短い時間だけど、私も街のパトロールに出てフルールと合流することにした。
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私の右手の中指には、フルールが私にくれた聖なる戦士としての証の、魔法を宿した指輪がはめられている。
魔法少女ユキへと変身するときは、その指輪に意識を集中させつつ、手を胸にかざすようにして約束の言葉を口にするのだ。
「ホーリーマジック! セイント・オン!」
部屋が白い光に溢れる。
魔法の力でブラウスやスカートが弾けて、替わりに聖なるコスチュームが私を包んだ。
変身が完了するまでに必要とする時間は、わずかに2秒ほど。
いつもながら魔法の力って凄いな、と思いながら、部屋の姿見に映った変身後の自分を確認し小さく満足する。
髪の色は青色へと変わり、青の宝玉が埋め込まれたサークレットがあらわれて頭を守る。
そして同じく青を基調とした、スカートとブーツ、ロングの手袋が身を固める。
小さい頃の私は、ご多分に漏れず 『 愛と正義の魔法少女 』に憧れていたのだけど。
「ふふ」
今、その夢がかなっちゃったわけだ。
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フルールから聞いた話によると。
魔物から人々を守る盾としての特別な力を与えられた人間は、私を含めて昔から何人もいるらしい。
その始まりは、はるか過去の時代へとさかのぼる。
もう何千年も昔、神々と魔物との間に大きな戦いがあって、その戦いに負けた魔物達は地中深くの異空間、『魔界』へと閉じこめられたのだそうだ。
通常、魔界と私達が住む地上との間は次元の壁によって隔絶しているのだけど、ときどき綻びが生じて、そこから魔物が出入りすることがあって。
それらの魔物達から人々を守るために、妖精が正しい魂を持つ人間を選び、聖なる力を宿した戦士や魔法使いとしての役目を与える……。
……という話なんだけど……。
……うんん。
なんだか凄く壮大な話。
漫画やアニメではよくある設定だけど、それが自分の身の上に起こってしまうと、これは全然『よくある話』じゃなかったりする。
ホントに、なんで私が選ばれたんだろう?
フルールと出会う前までの自分は、どこにでもいる平凡な女の子だったはずなんだけどな。
実のところ、魔法少女としての自分にはいまだにとまどっている。
……それでも。
こうやってひとり部屋で鏡の前に立つと、鏡の中の変身した自分の姿に、やっぱりドキドキしちゃったりもするわけで。
「魔法少女ユキ! この力は、大切な人達を守るために!」
鏡の前でポーズを決めつつ、決めセリフっぽい事を言ってみる。
もっとも。
こんな風に、自分の部屋でひとり変身した姿に見入っちゃったり、カッコつけたりする姿はフルールには見せられない。
だから、これは私だけの秘密。
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「…って、いけない。早くフルールと合流しなくちゃいけないんだっけ……」
と我に返り、鏡の中の私に別れを告げようとした、その時。
フルールのフェアリーパウダーが、部屋の窓から突然飛び込んできたのだった。
普段から、私達はパウダーを使っては連絡を取り合っている。キラキラと輝いて、魔法少女と妖精にしか読めない文字を宙に描いていくパウダー。
『 ユキ! 』
私の部屋一面に、フルールからのメッセージが浮かび上がった。
『非常事態だ。君の学校で、大変なことが起きてしまった』
その内容に、ドクンと胸が震える。
『 今すぐ学校へ来てくれ! 』
それを見た私は、すぐにスカートをひるがえして、窓から夜の街へ飛び出していた。
学校の事ももちろん大事だけど、何よりもフルールがとても心配だったから。
ざわめく胸をぎゅっと抑えながら、私は大切な相棒のことを想った。
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