3 – 魔人との遭遇

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危険で、邪悪なオーラが撒き散らされて、教室の窓が音を立てて揺れている。

闇の中に、なおも濃く浮かび上がった暗黒の敵。

 

 

身長は二メートルをゆうに超える巨体。
全身が、蟹か何かの生き物を思わせるような不気味な形状の、漆黒の鎧に覆われている。

その顔は仮面に覆われて、表情を窺い知ることはかなわない。
けれど、鎧兜の目の部分で、黄色く歪んだ瞳だけがギロリと光っている。

すごく不気味な視線。

圧倒的な存在感を放つ威容の敵が、教室の中央、私とフルールの間の空間に浮かびつつ、立ちふさがる。

私と敵の距離は、四メートルほど。

重量感にあふれる異様の巨体が音もなく中空に浮かび、私を見下ろしている。思わず後ずさりしたくなるほどのプレッシャー。

だけど、今の私に 『退く』 という選択肢はない。

フルールが。
大切な、私のパートナーが。

目の前に捕らわれているのに。

さがることなんかできっこない。

暗黒の魔人を、キッとにらみつける私。

その私の視線を正面から受け止めながら、お腹の中まで響いてくるような低くて太い声で、魔人は言った。

「ようこそ、我が闇のフィールドへ。聖なる愛と光の戦士、魔法少女ユキ」

「魔人!  今すぐフルールを放しなさい!」

「くふっ……くははははは」

重低音の笑い声に、身体の芯が震える。

「噂通り気の強い女だな、魔法少女ユキ」

身構える私を前に、くつくつと笑ってみせる魔人。

「ところで、どうだ、このロケーションは? お気に召したかな?」

教室の中央に浮かびつつ、大げさに両手を広げて私に問いかけてくる。

「どういう、意味?」

嫌な予感がして、私は問い返す。

「……はて」

はぐらかすように。

魔人は肩をすくめつつ、黄色に光る目で教室全体をゆっくりと見回して。

「この場所は、貴様自身がよく知る場所のはずだが? 魔法少女ユキ」

再び、その視線で私を射抜く。

「……何が言いたいの……?」

口ではそう返しつつも、私は魔人の言葉を理解しつつあった。

そう、確かに魔人は先ほど 『このロケーション』 と言ったのだ。

……このロケーション。

そうだ。
この場所は。

……この教室は。

三年二組。

私が、普段 通っている教室。

ぞっと、背筋に冷たいものが走る。

まさか。うんん、そんなはずない。
私が、胸の奥から湧き上がる疑念を必死に打ち払おうとしたとき。

フルールが呻くように言った。

「……ごめん、ユキ……」

「えっ?」

「すまない……。この魔人は……僕のフェアリーエナジーを分析して、ユキの……魔法少女ユキのことを暴いたんだ……」

フルールは震えながら、何度もごめんと繰り返した。

会わせる顔がない、と言わんばかりに、うつむいて。
ぽろぽろと、涙をこぼして。

泣いていた。

そんな、まさか。

「くくくくく 。その妖精の言うとおりだよ、魔法少女。今夜、俺様は突き止めたのだ。真実を。魔法少女ユキとは、誰なのかをな」

頭が、真っ白になった。

そんなはずない。そんな。フルールのフェアリーエナジーを解析するなんて。それが簡単なことではないのだと、私はずっと前にフルールから教えてもらっていた。

エナジーについて教わった時のことだ。

光のエナジーと、闇のエナジー。
神々の力を預かる妖精が得意とするのは光のエナジーだ。

エナジーには使用者の記憶や感情が宿ることがあるけれど、それを他人が読むのはとても難しい。

そんなことを出来る魔人がいるなんて。

仮にそんな事ができるとしても、そのためにはたくさんのエナジーをフルールから奪い取らなくてはいけないはず。……きっと、この魔人はフルールから無理やりエナジーを放出させたのだ。

フルールが全身に負っている傷。
それはきっと、魔人による拷問の跡。

なんて残酷で、なんて卑劣な作戦……。

許せない。

「すまない、ユキ……。本当にすまない。ぼくが、もっと……」

「あなたが謝ることなんかないっ!」

叫ぶようにフルールの言葉を遮る私。

悪いのは、この魔人だ。

再び魔人を睨みつける私に向けて、魔人の指がすっとさし向けられた。

「!?」

昂まる闇の力。

その指から、突然、エナジーの針が撃ち出されて、私は慌てて跳び退いた。

「くぅっ」

稲妻のような、黒い残像が走る。

けれど、それは、私を狙った攻撃ではなかった。

じっと指を向けたまま、笑い声を響かせる魔人。
第二弾のエナジーの攻撃を放つ気配もなく、ただその指先は教室の後ろを指している。

「………………?」

警戒しながら、私はその指の示す方向を振り向き、その先にあるものを見た。

ドクンと、心臓が鳴った。

黒いエナジーの針が、後ろの掲示板に突き刺さっている。
その針が貫いているのは、コピー用紙に印刷して張り出されていた、一枚の名簿だった。

それはこのクラスの、委員会の割り振りを書いた名簿。

その中の、一つの名前を針が貫いている。

針で焼かれた、一行の文字。

『図書委員:柊 雪(ひいらぎ ゆき)』

私の、名前だった。

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