8 – 灼熱の白

________

「ユキ! 気がついた? ユキ!」

「う、ん……、フルー、ル?」

目を開けても、頭がぼんやりとして重たい。

私の身体は、立った姿勢で床から浮き上がっていた。

身体が動かない。

ピンと上に伸ばした両腕と肩が、張りつめたように痛む。汗でコスチュームが肌に張りついて、息苦しい。

上を向くと、自分の腕がまっすぐ天井へ伸びているのが分かった。

私は、両手首を分厚い金属製の手枷によって拘束され、鎖で吊るし上げられているのだ。

もがいても、両手の拘束を解くことができない。焦りが胸に広がっていく。どんなに頑張っても、ゆさゆさと、スカートの揺れる音がするだけ。それどころか、手首の拘束魔具が余計にきつく締め付けてくるようだ。

視線を下ろすと、一部が肉壁と化した黒板に今もフルールが磔にされていた。心配そうなフルールの顔。私は、どうにか微笑もうとしたけれど、痛みに呻いてしまった。

「ユキ、しっかり。大丈夫?」

「……う、ん……。だ、だいじょうぶ……だよ……」

「お目覚めかな?」

ぞくりと響く声。

巨体の魔人と、吊るされた私の目線が、今は同じ高さにあった。魔人はすぐ隣に立って、私を見つめている。

「つくづく、魔法少女とは厄介だ。実にしぶとい。剣が通じぬのならばと、闇のエナジーで直接 肉体と精神を貫いてやったのだが。殺すまでには至らなかった」

どこまでも、勝手なことを言う魔人。

私はありったけの敵意と侮蔑をこめて吐き捨てる。

「……卑怯者……」

「くはははは。ずいぶんと生意気な事を言ってくれるではないか。失神しているうちに自分の立場を忘れてしまったようだな」

魔人はそう言って黒板へ手を向けると、突然、フルールへ向けて真っ黒な雷を放った。

「うああああああああっ!」

黒の電撃に絡み取られ、黒板の上で絶叫し痙攣するフルール。

「フ、フルール!? ダメ、やめて、やめてぇえええ!」

私が身体を揺らして叫ぶと、魔人は意地悪く目を笑みで歪ませながら稲妻を止めた。

「自分の立場を思い出してくれたか? 魔法少女ユキ」

そう言うと魔人は長い指を差し出して、じっとりと私のおなかを縦になぞった。

ゾッと、私は驚きと不快感に顔を歪める。

指が触れたのは、私のおなかの素肌だったのだ。

コスチュームのおなかの部分が、失われてしまっていた。

そんな。魔法少女のコスチュームは、簡単には破壊できない聖なる衣。

それが焼き消されてしまうなんて……。ダークスティングの持つ闇のエナジーの凄まじさに、じわりと汗が溢れていく。

「寝ている間に、随分とうわ言を言っていたぞ」

魔人は私のおへそを指でいじりながら、言葉を続けてきた。

くちゅりと。

おへそにたまった汗が、音を立てる。

執拗におなかを、破れた聖衣をなぞる魔人の指の気持ち悪さ。

「あ、う……うぅっ……、やめて……」

「くく。『お父さん、お母さん、みんな、フルール』と。何度も呻いておったわ。そんな大切な者達を、危険に晒したくなければ、態度に気をつけることだ」

くやしさに唇を噛む。
けれど、みんなを人質に取られて、私はもう、なすすべがなかった。

だけど、諦めるわけにはいかない。

反撃のチャンスは、きっと、きっとある。あるはずだ。

「……くっ……」

私は魔人を睨みながら、なんとか打開する方法を見つけようと考え続けていた。

この拘束を解き、フルールを助け、魔人を倒す方法を見つけなくちゃ。正体を知られてしまった以上、絶対にここで決着をつけなければ。

決着。

そう考えた時、気絶する前に魔人に言われた言葉が頭をよぎった。

『 貴様もまた、暴力の化身なのだ 』

ズキリ、と魔人に刺されたお腹が痛む。

暗黒の剣とともに私に打ち込まれた、魔人の言葉。

あれは、確かに言葉の刃だった。

事実、今、私から聖戦士として戦い続ける勇気が、失われつつある。

私は。

みんなを守るために、正体を隠して戦ってきた。
でもそれって、とても卑怯で自分勝手なことなのではないか。

現に今、みんなに知られないところで、みんなを危険に晒している。
私もまた、魔物達同様……みんなにとっての災いなのではないか。

実際、私は多くの魔物達を倒してきた。封印してきた。
フルールの魔法の道具『封魔の小瓶』に、閉じこめてきた。

なるべく殺さずに封印するようにしてきたけど、力加減ができなくて殺してしまった敵だっている。

そんな私は、魔物から見れば殺しても飽き足らないほどに憎い敵なのだろう。
彼らにとっては、私もまた暴力の行使者であるに、違いない。

……ならば。

暴力で物事を解決しようとしてきた私もまた、魔物と同じなのではないか。

忌むべき存在なのではないか。

不意に、心がくじけそうになった。

戦うことが、とても怖くて。

戦う自分が、恐ろしいものに思える。

こんな気持ちを、どうして、もっと早く抱かなかったんだろう。

もっと、きちんと、考えて努力するべきだったのだ。

もっと、相手と解り合う方法を、きちんと探して……。

「ユキ!」

フルールの声にはっと顔を上げると。

私の目の前には、漆黒の魔人。
その巨大な手に、今度は剣ではなく杭のような形状のダークスティングを構えて。

闇のエナジーによって形を与えられた、暗黒の凶器が私のお腹に突き立てられた。

ずぐぅっ!!

ふたたび体を黒のエナジーに串刺しにされて。

「ふぐぅううううううううっ!」

たまらず、苦悶する。
串刺しにされた場所から、地獄のような痛みと、暗い絶望が灼けるように広がる。

「どうだ。苦しかろう。闇のエナジーに刺されるのは、実際に肉体をえぐられる以上の苦痛をもたらすのだからな」

ぐいぐいとエナジーの杭をねじ込みながら、魔人は興奮で声を上ずらせる。

「さぁ、魔法少女よ。そこの妖精に懇願するがいい」

私の顎を掴み、無理矢理フルールの方へと向けながら、魔人が促す。

私のフルールの間の、教壇の机の上に。

コトリ、と。魔人の手によって封印の小瓶が置かれる。

「言え。この苦しみから、私を解放して欲しい、と」

耳元でささやかれる魔人の言葉。

「この魔法の小瓶から、閉じこめた魔物達を開放してくれ、と。おまえの口から、あの妖精に願うのだ。さすれば、ヤツも年貢の納め時だと観念しようて」

私は、それに精一杯の力で抗う。

「……だ、誰が……っ」

魔人の顔に唾を吐きかけたい衝動を押さえながら、フルールに向かって叫ぶ。

「フルール! 大丈夫だから。私は、大丈夫だから……っ!」

そんな私の反応も、魔人にとっては予想の範囲内だったのだろう。

「ほほう。さすがは魔法少女。普通の人間ならば、一撃で精神を破壊することが出来るほどの痛みなのだがな。だが……これならばどうだ?」

さほど、逆上することもなく。けれど、残酷に。

エナジーの杭の先端を、私に向けて。

身体が吊り下げられることで無防備に開かれてしまっている、右腕の付け根……、わきへと打ち込んでいく。

「……ぁっ……ぐぅあああああああああっ!!」

人体の急所のひとつをうがたれ、たまらず涙と唾液を吹きこぼしながら叫ぶ私。

悶え揺れる私を押さえつけながら、魔人が語りかけてくる。

「痛いか? 痛いだろう? だが安心しろ、痛いだけだ。聖戦士型は、特性の『加護』によって守られている。いまだ肉体を損壊させるほどのダメージは与えられていないようだ」

悶え暴れる私を押さえつけながら、医者が患者を諭すように魔人は冷静に状況を説明してみせる。

「……あ……、あぐぅ……あううっ……」

魔人の言葉を確かめるべく、黒のエナジーに刺された箇所に目をやる私。
確かに、血は一滴も出ていない。

体はこれほどまでに……涙と汗が止まらないほどに、痛いのに。

そんな私の反応を楽しむように。

「刺しても死なぬ、というのはいかにもつまらぬが。しかし、……考えようによっては、これはこれで悪くない」

嗜虐的な含み笑いをしつつ、ダークスティングを引き抜きながら、魔人は恐ろしい事を口にした。

「何度も、何度も、刺し殺されるほどの痛みを与えることができる、と思えば。なかなかに得難い機会でないないか」

どっ どっ どっ どっ

幾度も、幾度も。
笑いながら、魔人が闇のエナジーの杭を身体中に突き立ててくる。

「……ああっ、あっ、あっ! あぎっぃ……ひぐぅーーっ! あーーーっ! 」

もう、まともに意識を保つことすらできなかった。

思考が混濁して。
現実から意識が弾き飛ばされて。

再び、さっきまで見ていた悪夢の続きが眼前に広がる。

灼け落ちた街。

たくさんの人が地面に倒れていて、
みんな、服を剥ぎ取られて苦しんで、転げ回って。
裸の体に、大きな太い杭を刺されて。

その横で魔族達が笑い転げている。

そんな、悪夢に。
あの悪夢の中に、このままでは私も堕とされてしまう。

負けたくない。でも。

今まで戦ったたくさんの魔物の顔が、目に浮かぶ。

 

 

どの顔も、「よくも、よくも」と恨みを吐いて。

笑っている。
私の後悔と苦しみを見て、笑っている。

 

ああ、私、なんていう罪を犯したのだろう。

暴力の、報い。

今、この魔人が私に振るっている暴力は、結局、私が過去に振るってきた暴力が、わが身に返ってきた結果なんだ。

頭を振り、吊るされた身体を震わせると、涙がこぼれ落ちていた。

________

私は、みんなを。守りたかった。
でも、もしも。

…私じゃなかったら?

……フルールが選んだのが、私じゃなかったら?

……こんな結果には、ならなかったんじゃないかな……。

フルールが捕らわれることもなく。
大切な人達が危険に晒されることもなく。

魔物達を、暴力ではない手段で、引かせることもできたんじゃないかな……。

________

 

「ユキ! しっかり! 魔人の言葉に耳を傾けては駄目だッ!」

再び、フルールの声が響いて。

私は、もう一度顔を上げた。

はっと、今、現実の光景が目に飛び込んでくる。

フルール。
相変わらず、磔にされたままの私の大切な相棒。

涙と声を涸らして、それでも私を励まそうとする、妖精の男の子。

そうだ。

せめて、フルールを助けなきゃ。

今、ひとたび。
私は暴力を行使する覚悟を決める。

目の前の魔人を、倒す。倒しきる。

大切な人を守るために。

それがたとえ自分勝手な私の、罪だとしても。

いつか必ず、償わなければいけないとしても。

こんなところで。
この魔人には。

負けるわけにはいかないんだ。

必ず。フルールを、自由にしてみせる。

負けないで、と叫び続けるフルールに、私は決意を込めた目で応えた。

ありがとう。勇気をくれて。

「ユ…キ…?」

フルールが、不安げに、そして私の心を察するように見つめ返してくる。

大丈夫だよ、フルール。

私の力は、まだ尽きていないから。

フルール。ねぇ、フルール。

以前、教えてくれたよね。

愛こそが、魔法少女のエナジーなのだと。

ならば、今、その全てを全開にして解き放てば。

この魔人を倒し、フルールを助けることができるんじゃないかな?
お父さんやお母さん、学校の友達、大切な人達を守ることができるかもしれないよね?

ううん。きっと、できる。

だって、今、私は。

これまでにないほど、みんなのことを想っているから。

大切だと、守りたいと。
愛している、と。

そう、強く強く思っているから。

________

 

再び、今度は左わき腹に向けて、魔人の暗黒のエナジーの杭が打ちこまれた。

「あうぐっ!」

暗黒のエナジー、それは絶望の具現。
けれど、もう迷わない。

肉体にねじ込まれた絶望に抗い、私は希望のエナジーを練り上げていく。

確かな、勝算を胸に秘めて。

実は、この状況においてなお使える技が、一つだけあるのだ。

両手を拘束され吊るし上げられたこの姿でも、放つことが出来る技が。

先に見た悪夢の幻影を、必死に意志の力で振り払いながら想った。

あんなひどい光景の中で、私の大切な人達が苦しむことがあってはならない。

みんなが、大好き。

愛してる。

守りたい。

……ならば、こそ。

魔人を、しっかりと睨みながら。
私は、最後の力を振るうことを決意する。

「……守って……みせる…」

「ほう……。まだ、気を失わんか。強情な娘だ」

魔人の言葉は、すでに私の心に届かなかった。

今、私の心にいるのは。

フルール。

お父さん。
お母さん。

学校のみんな。

『 ……大好きだよ 』

あったかいエナジーが、胸に満ちて。
それがそのまま、おなかの真ん中に強く流れ溢れていく。

魔人がいまいましげに呟く。

「気に入らんな。満ち足りた顔をしおって。いっぱしの聖者でも気取っているのか?」

私の前で、再び、黒のエナジーを杭から剣の形に変えて構える暗黒の魔人。

「ならば、今一度、特大のダークスティングで貴様の無様な姿を引き出してやろう。次は、気絶で済まんかもしれんぞ?」

来る。

私はおなかに収束させたエナジーを、そっと目を閉じて一気に高めた。

耳に響くのは。

「ユキ! 何をするつもり!?」

叫ぶ、フルールの声と。

「喰らえ魔法少女」

嗤う、魔人の声。

そして、再び。ズブリと響く音。
前から闇のエナジーをおなかへと突き立てられてしまった。

「あっ、……うぅ…っ…ぐぅうううう!」

ダメージに上を向いて反り返りつつも、私はこのチャンスを逃すまいと意識をおなかに集中させて、聖なる力の解放をイメージする。

________

そう。

私が魔法少女として使う、最後の力。

魔人の余裕が油断に繋がるならば。
そこに、つけ入る隙がある。

人質を使わせる余裕すら与えないほどの、必殺の一撃。

「な、なんだ。これは」

魔人の呻き声をかき消すように。

私の身体から、キィィンとエナジーが集束する音が響き始める。

魔人の握る剣が突然、眩い光に包まれていく。

「ま、まさか」

フルールが声を上げる。

「ダメだ! ユキ! その技を使ったら、ユキの大切なエナジーが!」

動揺しているのはフルールだけではない。

「な、何だ、これは、一体!」

魔人もまた、ただならぬ事態に驚愕して叫ぶ。

「何をした! 貴様、いったい何をしたのだぁ!?」

慌てふためく魔人の問いに答えず、私はフルールに向けて笑いかける。

「……ね? フルール……ぜったい助けるって、言った……でしょ?」

「ユキ、ダメだぁああーーー!」

フルールの制止の声を振り切って、私は魔法少女としての最後の技の名を叫ぶ。

「ホーリーマジック! セイント・ファイナルエナジー!」

魔人の剣は今、私のおなかに突き刺さったまま、光のエナジーに塗り替えられていった。

魔人は手を離そうと慌てるけれど、時遅し。
その手は聖なる光に絡めとられ、剣を握った形のまま動かない。

「ぐぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

叫ぶ魔人のその腕を守る鎧が砕け始める。暗黒の手甲が弾け飛び、光の粒子になっていく。

「馬鹿なぁ! こんなことがっ!!」

目の前で必死にあがく敵に、私は言い放つ。

「…『妖精狩り』のゼード。私は、自分のしてきたことが、罪だと気付くことができた。あなたのおかげよ」

この言葉に嘘はない。

「だけどあなたを許すことはできない! 私もあなたも、滅びるのよ!」

そして、この覚悟もまた本物。

「おのれえええええええええええ!」

響き渡る魔人の断末魔。

「ぐぅごおおおおお……ッ……、おのれ、おのれおのれおのれぇえええええッ!!」

魔人の叫びの向こうで

「ユキーーーーーー!」

小さな体で、信じられないほどの大きな声で叫ぶ妖精の男の子。

そんな彼の姿が見えなくなるほどに強い光がはじけて、教室はまばゆく照らし出された。

影が払われ、フルールを拘束していた黒板の一部が、本来の姿を取り戻し始める。
暗黒の魔法で肉の壁と化していた場所が剥がれ落ち、フルールの拘束が解けていく。

教室の床や壁、天井のあちこちに巣くっていた魔人の使い魔達、妖虫の群れもキィキィと耳障りな鳴き声をあげつつも、塵のように霧散していく。

やがて訪れる音のない時間。

真っ白な、暖かい光。

愛のエナジーの、最大放出。

けれど、それを攻撃に使ってしまうのは禁忌。
もし使えば、自分自身もエナジーで激しいダメージを受けることになる。

「あうぅうぁああぁあああああああっ」

自身をも灼きつくすような白光のエナジーの放出の中で。
私の魂もまた、焦がされていき。

白く。白く。
真っ白に、燃え尽きていくようだった。

_____________________________

← 前のページへ 次のページへ  →

_____________________________

>> 目次

 

>>> 二次創作 置き場