9 – 勝者と敗者

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光がそっと弱まって消えると、そこに、魔人の姿はもうなかった。

闇は、消えたのだ。

私は、焦げ付いた魔道具に手首を締め付けられたまま、ボロボロの姿で全身をダメージに焼かれていた。

魔人は倒せても、拘束具までは破壊できなかったらしい。

ギッ、ギッ、と軋む鎖と手枷によって、今なお、身体は鎖で吊るされ宙に浮いたまま。

「ユキ! ユキ!」

視界は白くかすんでぼやけている。

けれど、ほっぺにフルールの小さな手の平を感じる。

ああ。
よかった。フルールは、自由に、なれたんだね。

笑って見せて安心させようとしたけれど。痛みに声を上げてしまう。

「あ、うっ」

「なんて無茶をするんだよ、ユキ」

まだ、目の焦点があわない。けれど耳は聞こえる。
フルールが泣きながら、おろおろと目の前を飛び回っているのがわかる。

「セイント・ファイナルエナジーで受けたダメージは、僕の力だけじゃ回復してあげられない。ああどうしよう。ユキ、ユキ、お願いだ、しっかり」

いいの。フルール。気にしないで。

あの魔人から、フルールを守れて、よかった……。

ぐったりとした私に、必死で回復の魔法をかけてくれるフルール。
でも、痛みは消えない。

「ユキ! ああユキ! すぐ魔法で妖精界へのゲートを開くから。精霊王さまに回復してもらおう」

天井へ向けて飛び上がり、私の両手を締め付ける魔道具を外そうとするフルール。

「くそぉ! セイント・ファイナルエナジーでもちぎれないなんて、なんて強い闇の魔道具だ」

ようやく視力が回復しつつある。
私はそれを、青い花びらのようにコスチュームが散り始めているのを見て知った。

コスチュームの消滅は、聖なるエナジーの消滅も意味する。

私が魔法少女に変身していられる時間は、セイント・ファイナルエナジーによって、もうあまり残っていないのかもしれない。

「でも、よかっ、た」

私は、安堵する。

「フルールを、助けて、あげられて」

「しっかり! ユキ! 気を強く持つんだ」

目の前で妖精の少年が力強く、叫ぶ。

「精霊王さまの所へ行けばすぐ元どおりだよ。だって、まだユキの身体には聖なるエナジーが残ってるもの。ファイナルエナジーを使ったのにまだ変身が解けないなんて……。ユキに宿る力は……やっぱりすごいよっ」

小さな勇者の励ましと賞賛がこそばゆい。

そして、嬉しい。

そうか。私は、また。このコと一緒に。戦うことができるんだ。

「あり、がと。フルールが、鍛えてくれたおかげだよ。……ふ……ふふ……」

身体から力が抜けつつあるのに、息は燃えるように熱い。
肺だけじゃなく、内臓が全て、灼けつくように痛む。

これが、セイント・ファイナルエナジーの、代償……。

「ユキ、しっかり、しっかりして」

そう声をかけ続けていてくれたフルールの声。

だけどそれが、突然、とだえた。

 

「あ、あ……」

フルールの、震えた息。

「……そんな……、ウソだ」

私の背後を見つめたまま、フルールは目を見開いていた。

「どう、したの? フルー、ル……?」

ザンッ。

鈍い音が教室に響いて、私の、身体が揺れる。

 

 

いたい。

「……え?」

おなかを見下ろすと、コスチュームが焼け落ちて裸になった下腹部から、暗黒のエナジーが突き出していた。

「え、……あ、……あ、あれ……?」

なに、これ。嘘。そんな。

「……なんで…? …だって……、私……」

「ああーーー! ユキぃーーーーーーー!」

フルールが叫びながら私の背後へ飛び込んでいく。

「やめろ! これ以上は駄目だ、駄目だぁっ! やめろーーー!」

背後から、のそりと。暗黒の魔人が歩み出た。

「……うるさいぞ、むしけら」

バチンッ、と。
鈍い音と共に、教室の床にフルールがはたき落とされて叩きつけられる。

「フ、フルー、ル!!」

思わず叫ぶ私の体から、乱暴に暗黒の刃が引き抜かれる。

「……が……かはっ?」

喉の奥から鉄の味。
……血が出てる……?

吐血……してる……。

私は、無防備な状態で肉体と精神を抉られたダメージに目を見張った。

「油断ならぬ奴だ、魔法少女ユキ」

明らかに深手を負いつつも、しっかりとした口調で魔人ゼードが慨嘆する。横からのぞき込むように、私の顔を見つめる。

「そん…なっ」

驚愕。そして恐怖。

手負いの魔人と、目と目が遭って。

私は一瞬にして恐怖の虜となった。

怖い。
ただただひたすらに、恐ろしい!

聖なるエナジーが尽きかけた私にとって、眼前の暗黒の魔人から受けるプレッシャーは、先ほどとは比べ物にならないものだったから。

なんという……なんという負のオーラだろう。
いや、怖のオーラ、と言った方がいいかもしれない。

今、私は明らかに恐れ、脅え、怯んでいた。

「あ……あ………あうぅ……」

脅威を前になすすべもなく、ただ言葉にならない声を洩らすしかできない。

そんな私を冷ややかな目で見下ろしつつ、魔人は確かな口調で自分の身に何が起きたかを振り返っている。

「危うく消滅するところだったぞ。まさか我が領域で……。闇のフィールドの内で、あれほどの規模の聖なる力を解き放つとはな」

魔人は、鎧が砕け、所々からその黒い肉体が露出してグロテスクな姿になっていた。

仮面は割れ、その下から獣のような顔が剥き出しになっている。獅子にも熊にも、そしてブタのようにも見える異形の獣人。

ところどこから血を噴き出して、全身が赤く塗れている。

だけど、確かに生きていた。

セイント・ファイナルエナジーでさえ、倒すことができなかったのだ。

そして、私の方へとゆっくりと振り向き。

はっきりとした口調で言い放つ。

「さぁ、代償を払ってもらおうか、魔法少女」

ことさらに、ゆっくりと魔人の手に錬成されていく暗黒の魔法剣。

ブスブスと、燻るような音をあげて。黒い炎のようにゆらめきながら、呪詛と痛苦を具現させたような、闇の武器が形作られていく。

「そのエナジーの尽きかけた体で受けるダークスティングの味がいかなるものか……。存分に、知るがいい」

悪意と獣性。
鎧と仮面が剥がれ落ち、その下から露わになった魔人の正体。
威嚇するように歯を剥き出しにして、悪逆の笑みを形作る。

その手に握りしめられた、特大のダークスティング。
聖戦士をも殺しうる拷問武器。

その光景に、私はただ脅えることしかできない。

「……いや、いやぁっ……! ……ああっ…………あああ……」

もう悲鳴を押し殺すことすらできなくなっている。

見せつけるように、ゆっくりと。ゆっくりと。
闇のエナジーを錬成し、その手に処刑道具を形づくっていく。

「……や、やめ……て……」

思わず許しを乞うような言葉を口にしてしまう私。

そんな私の姿に、少しだけ気を良くしたのだろう。
魔人は血まみれの顔で、ニンマリと笑う。仮面の下の顔が露わになっただけに、魔人の正体、悪獣の本性が明らかになって、それがとてつもなく恐ろしい。

「……あ、ああ……」

私の絶望の悲嘆は。

……ずぶり、と。

右の胸へと突き立てられたエナジーの魔剣によって。

すぐに絶叫へと塗り替えられた。

「……あぎゃぅっ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」

「ふははははは、いいぞぉ、魔法少女ッ その声! それだ、それが聞きたかった! その表情! それが見たかったのだ!! ぐひゃはぁははははは!!」

手枷と鎖の魔道具によって天井から吊り下げられた私は、まさに生贄の子羊さながらだった。

痛み。ただ、純粋な痛み。破滅的な、苦しみ。絶望的な、痛苦。

なぜ死ねないのか。なぜ狂ってしまわないのか。
それが不思議でならないほどの、耐え難い痛み。

これが、ダークスティングの本来の威力。
それを今、私は受けてしまったのだ。

プシャァアアアアアア!

ついに肉体が限界を超え、失禁する。

「……アッ……アッ、アァーーーーーーーーッ!!!」

目から涙を、鼻からは鼻水を、全身からは汗が玉のように飛び散る中、新たにオシッコが吹き出したところで、それがいったい何だというのか。

羞恥心すら消し飛ぶ痛覚の奔流の中で、私はあられもなく泣き叫んだ。

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今なお、聖戦士型の魔法少女として身に宿った加護は完全には失われてはいない。

しかし、いかに聖戦士型の肉体が超人的な耐久力を誇るといっても、やはり限度はあるのだ。繰り出される魔人の攻撃から命を守るべく、肉体の保護と回復にエナジーが一気に消費されてしまう。

その結果、ますます聖衣を維持する力は失われてしまうことになるのだ。

……肩当てが、スカートが、ブーツが。次々と綻び、破れ、剥がれ落ちていく。

その有様をみて、魔人が笑う。

「ふははははは、これは愉快。先ほどは剣をもってしても傷つけることが容易でなかった聖衣が、今は面白いように散って、なくなっていくわ」

嬉しげに、ただ嗤う。

「いいぞ、いいぞ。さすがは魔法少女の肉体だ。耐えておる、耐えておるわ。魔族とも渡り合える聖戦士ゆえに。……この痛苦に耐え続けることができるというわけだ……!!」

魔人は興奮で声をうわずらせつつ感嘆する。

けれどもう、そんな魔人の言葉も耳に入ってこない。
今、魔人が何を言っているのかすら、理解できない。

私の意識は今、すべて痛覚に向けられている。

闇のエナジーによる攻撃とは、そういうもの。
破壊と殺傷、憎悪と呪詛の意志が宿った力とは、そういうものなのだ。

「あああああ……っ……、いっぎ……っ……、……ぃああああああああああっ」

全身を襲う激痛につぐ激痛。

悶え暴れる私の体から、聖衣の多くが剥がれ落ちて失われ もはや半裸の状態だ。
しかし、それすら気にかけることができないほどに、さらされた素肌を恥じることができないほどに、ダークスティングによる拷問処刑の痛苦は凄まじいものだった。

赤く灼けた鉄の杭を体に打ち込まれたところに、猛毒をねじ込まれていくような。

文字通りの、生き地獄。

「……ぐはぁ、かはっ……、ぁああ……ああ……」

ダメージで、視界が赤く霞んでいく。

「あ、かは、……あっ…っ……あ、……ああ………」

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「むぅ。さすがにこのまま続ければ、死ぬか」

不満げに魔人がつぶやき。ようやく剣が引き抜かれる。

それと同時にがっくりとうなだれる私。
ぽたぽたと、全身から吹きこぼれた体液が、足の指をつたって落ちていく。

足を守るブーツはすでに残骸といった有様。片方は抜け落ちてしまっている。

両手を拘束されて吊り上げられ、灼けて失われつつあるコスチュームを纏った私に、成す術はもう、なかった。

かつて経験したことのない、絶対的な窮地。

そんな中、私はフルールの方へと目を向けた。

妖精の少年は冷たい床の上で気を失っている。

先ほど私をかばおうとして、魔人に床にたたきつけられたダメージが相当に深刻らしい。背中の羽がピクリピクリと動いていることで、かろうじて生きていることがわかる有様だ。

魔人の報復によって完全にあらがう力を失ってしまった私と、床の上で身動きが取れなくなってしまったフルール。

ああ。

もう……。これは、本当に……駄目かもしれない。

絶望に支配されつつある、私の胸中を読み取ったのだろうか。暗黒の魔人が勝ち誇る。

「どうだ! 頼みとする相棒も、あのていたらくだ!!」

「う……あ………」

魔人は、私の苦悶と絶望が愉快でならないらしい。

「絶望の中で死んでいけ、魔法少女! なあに、あの世でもさびしい思いはさせん」

なすすべのない私を前に、魔人が吠える。かなりたてる。

「貴様を殺した後は、貴様が愛する者たちを全て殺してやる! 家族も! 級友達も! 一人残らず嬲り殺してくれるっ!」

その悪意はとどまるところを知らなかった。本来の姿、独善的で残酷な本性を露わにして狂ったように叫ぶ。

「当然だろう、この俺が殺されかけたのだっ! もはや貴様を殺すくらいでは済まされんわ!」

ようやく私は理解する。

私と戦っていたときの、魔人の余裕ぶった態度。芝居がかった仕草。

どれもが、上っ面のものだったのだ。

この魔人の本性は、凶暴性と残虐性。そして過剰な自己愛。
つまりは悪そのもの。

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絶望の中で覚悟する。

私はきっと、もう助からない。
このまま、魔人の手によって嬲り殺されるのだろう。

けれど。

私の、大切な人達まで。
死なせるわけにはいかない。

みんなを、巻き込んでしまうこと。
それだけは駄目だ。

「……やめ、て……。あの人達を殺すのは、やめて……」

言葉を選んでいる余裕もないまま、大切な人達の命乞いをする。

この手負いの獣と化した魔人が、簡単に私の言葉に耳を貸すとは思えないけれど。
諦めるわけにはいかない。

とにかく今は、ひたすら訴えかけるしかない。

魔人の関心が、私だけに向かうようにしないと。

「……みんなは、関係、ない…でしょ…」

しかし意外にも。魔人は私の嘆願に応じた。

「……ほう? 関係ないか?」

魔人は意地悪く笑いつつ、なにやら感心したようにつぶやく。

「なるほどな。確かに。……考えようによっては、我らの戦いに、貴様の家族や級友達は関係ないのかもしれん」

思わぬ魔人の言葉。

「………うん。…そうよ、関係ない…わ…」

わずかな希望に、私は少しだけ救われる思いになる。

しかし、その安堵もつかの間だった。

魔人は鎧を鳴らしながら床に転がるフルールへと近づいていき。

道に落ちている何かを拾うような気軽さで、床で倒れ伏しているフルールを指でつまみあげ、私に向けて掲げてみせた。

「ならば、この妖精はどうだ? 光と闇の戦いに、こいつが関係がないとは言わせんぞ」

「……そ、それは」

「ふん。ひとつ、この妖精の命乞いでもしてみるか? 魔法少女」

「……あ……あ…。ああ………」

まずい。

今、フルールは意識を失ってしまっている。魔人がその気になれば、造作もなく捻り殺されてしまうだろう。

つまらない意地を張っている場合では、なかった。

「お、お願い……。私はどうなってもいいから……。フルールに、ひどいことをしないで……」

「まったく足りんな」

不満げに鼻を鳴らす魔人。

「そもそも、どうなってもいい、とは笑わせる言いぐさだぞ、魔法少女」

勝者の愉悦はそのままに、魔人は小さく舌打ちをする。

何かが、彼の勘にさわったのだ。

「よもや貴様、馬鹿ではあるまいな? 勝者たる俺が、敗者たる貴様達をどうするかを決めるにあたって、いちいち貴様らの許可を得なくてはいけないのか?」

嗜虐の笑みを浮かべつつも、はっきりとした口調で魔人は言い放った。

「貴様らをどう嬲って、どう殺すか。それを決めるのは俺だ。殺し合いの後に、敗者が殺され方を選ぶ権利など何処にもありはしない」

そして、くつくつと愉悦で喉を鳴らしながら、その手でつまみ上げたフルールに問いかける。

「なぁ、妖精の小僧よ。おまえは、その程度の道理もこの小娘に教えてやらなかったのかよ?」

魔人にふぅっと息を吹きかけられて、フルールがうっすらと意識を取り戻した。

「…ぅ………あ……」

フルールはぐったりとしながら、魔人を見上げて呻く。

「……魔人……。認める……。もう……おまえの勝ちだ……」

泣くように、眼前の敵に訴える。

「……だけど……。頼む……。ユ、ユキはもう、エナジーが消えかけてるんだ。……もう、ユキにヒドい事はしないでくれ……。僕はどうなってもいいから、ユキだけは……」

そのフルールの言葉に、魔人が含み笑いをする。

「くく。なかなか泣かせる事を言うではないか。『自分はどうなってもいい』か。こいつら、揃いも揃って……。くくっくく」

そして。何かを思いついたように、ニタリと口元を歪めた。

「ならば、……そうだな……」

魔人は片手に持ったフルールを目の高さでぶらつかせながら、私の方へと向き直って言った。

「魔法少女ユキよ。妖精どもが様々な魔法を使うことができる事は貴様も知るとおりだ。……しかし」

再び。出会った時のような芝居がかった仕草で、魔人が問う。

「妖精達の秘中の秘。妖精が人間の姿に変化する魔法は、見たことはあるか?」

思わぬ問いかけに、私は戸惑った。

妖精が、人間の姿になる?

そんな魔法があるなんて、初耳だ。

実際、今までフルールは一度たりとも私の前で人間の姿に変身したことなんてなかった。

返答に窮する私の反応に、魔人は意地悪く笑う。

「……んん? 知らんのか。妖精が人間の世界を探索する際、悪目立ちしないよう人間の姿を借りる事は、よくある話なのだがな?」

魔人の問いに沈黙で応える私。

そんな私の反応を楽しむように、魔人は言葉を続ける。

「しかし、これは理解していよう? 俺が、エナジーを解析した妖精の魔法を、一時的ではあるが使役することができることを」

その問いかけに、私は思わず唇を噛んだ。

魔人が、捕らえた妖精の魔法を使うことができること。

それは充分に理解している。
実際、魔人はフルールのパウダー・メッセージの魔法を使って、この場に罠を張って、私をおびきよせたのだから。

そして、急に。ゾクリ、と。

得体の知れない恐怖に襲われた。
この魔人はいったいこれから何をしようというのか。

「……いったい……。いったい、何が言いたいの?」

その私の問いに、魔人は大笑いしながら答えた。

「なぁに、この俺様の力をもって。今、この妖精に、かりそめの人間の体を与えてやろうと。まぁ、そういういうわけだ」

笑いながら魔人の手から、黒い煙のような闇が吹き出して、それがフルールを包む。

「う、うあ……やめろ」

煙のような闇は、みるみる球体のような形を作って妖精の少年を完全に覆いつくしてしまう。

「やめろぉ、ぅあああああああー」

突如作り出された直径1メートルほどの球体の闇の中で、フルールが叫ぶ。

「……な、何するの、やめて! フルールにひどいことしないで!」

思わず悲鳴をあげる私。

しかし、それほどの間を置くこともなく、手品師が黒い布を払うように。
フルールを覆う闇は、風に吹かれた煙のようにと消えていき。

そして、消えゆく闇の中から現れたのは。

人間の子どもほどの大きさの体となったフルールだった。

そう。人間の子ども。
小学生の高学年……四年生か五年生ほどの、裸の子ども。

魔人によって片腕を掴まれる形で宙に足を浮かせている。

魔法によって人間の姿に変えられたせいだろうか、妖精の姿のときのフルールの身体のあちこちにあった傷は消えている。けれど、傷ひとつない裸の少年が手負いの獣と化した魔人の手にあることが、たまらない不安と恐怖を感じさせる。

「……っひ……」

驚愕とともに漏れる私の声。

「……う……あ……」

無理矢理に魔法で人の大きさに変えられたフルールは、ぐったりとしている。

思わぬ魔人の行為に戸惑い、天井から吊り下げられた身をよじる私。

恐ろしかった。

あの残虐非道の魔人が、人間の男の子の姿になってしまったフルールの手首を片手で握り軽々とぶら下げている姿が。

まるで狩人が捕らえたウサギを手にするかのような、目の前の光景が。

「……あ……。……ぅあ、あ……」

言葉も出ない私の顔の前に、魔人が無防備な裸の少年を突きつける。

「くくっく。喜べ。これからお前達に、情けをくれてやろうというのだ」

心の底から楽しそうに。愉悦に満ちた様子で、魔人が告げる。

「……えっ?」

次の瞬間。

これまでずっと相棒としていっしょに戦ってきた私と妖精の少年は、魔人の手によって、口と口をつけ合わされていた。

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「…… んっ!?」

それは、なんの脈絡もない突然の、キス。
妖精フルールと魔法少女ユキに強要された、暴力的な口づけ。

「んん!」

「んんぁ!」

教室に響く、私とフルールのくもぐった呻き声。

首を振ろうとしても、押し付けてくる。
魔人の笑いが、高らかに響いた。

「はっはっは! 地獄に落とす前に、せめて良い思い出のひとつくらいは作ってやろうと思ってな!」

げたげた、と。下卑た声で魔人が笑う。

「私の計らいに感謝しろよ、妖精! この娘とのキスは、これが初めてであろう?」

まるで人形で遊ぶ子どものように無邪気に。そして残酷に。執拗に。
フルールの体を軽々と弄ぶ魔人。

「どうだ、妖精。このサイズなら釣り合うだろう? 楽しめよう?先ほどまでの虫けらみたいな小さな体では、このように口を合わせることなどできないのだからなぁ!」

なんという悪意だろう。
今、魔人は私達を痛めつけるだけでは飽きたらず、人形のように弄んでいるのだ。

「ん! ユキ、ごめん。……ん……ん!」

「フルール、いいの。フルールの、せいじゃない。ん……んー! 魔人、……許さない……、許さないんだからっ」

強い口調で抗ってはみたけれど、私たちは完全に魔人におもちゃにされていた。
そんな私達の悲痛な呻きを上塗りするように、魔人は哄笑した。

嘲りの愉悦に身を任せながら。

「はっはっはははは。屈辱とともに、魂に刻め。そして思い知れ! 我ら魔族に楯突いた愚かさを。はーはっはっはははははははは!!」

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