6 – 暗黒の刃

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「……あ……ぅ……ああ……」

身体中を散々に打ち据えられて、私が床の上で動くこともままならなくなったところで。

「くく」

ようやく魔人は、一息つくように私から距離を取った。

教室に響くのは、私のうめき声と、教室の黒板に磔にされて動けないまますすり泣くことしかできないフルールの声だけ。

「やめてくれ……。頼む、もうこれ以上は……やめてくれ……」

ここで、ようやく魔人はフルールに向き直った。

「くふふ。馬鹿な、何を言うか。本当の見せ場は、これからだぞ?」

床の上で思うように動けなくなった私の頭を、野球のグローブのように大きな手で掴んで持ち上げながら、巨体を揺すって笑う。

「……あっ……ぐぅ……ぁ……っ」

ギリギリと万力で頭を締め付けられるような苦痛。
頭を支点に、身体が宙で吊られる恐怖。

頭を掴まれて持ち上げられるなんて。
魔法少女に変身していないときにこんな乱暴をされたら、首の骨が折れてしまうに違いない。

しかし、私のそんな懸念も、すぐに新たな衝撃によって上書きされる。

ドォッ!

「……はぐっ」

片手で私の頭を掴んで持ち上げながら、無防備な私のお腹に容赦のない鉄拳を打ち込んできたのだ。

ドス……っ……ドグッ……ドボォッ!

「げふぅ……おお……っ、……おぶ…ぅうううっ」

たまらなかった。
先ほど、散々に足蹴にされたお腹が、今度は握り拳で。

たまらず、口から胃の中の物が、吐瀉物が、吹きこぼれる。
苦痛による涙と鼻水で、顔がぐちゃぐちゃになっていることすら、わからなくなるほどの苦しみ。

「……うああああ……ユキ、ユキィイー……ーッ!」

フルールの叫ぶ声が、遠い。

「……やめろぉ、魔人、……もぉやめてくれぇッ!……」

フルールのせいなんかじゃないって、言ってあげたいのに。
なのに、声が出ない。

肉体のダメージだけじゃない。

さきほどの魔人の言葉が、今なお私の胸に突き刺さっている。

『 魔物から見れば、憎むべき力の行使者 』
『 許し難き暴力の化身 』

事実は、そうなのかもしれない……。

今、私がこんな目にあっているのは。
他ならぬ、私自身が招いたことなのではないか。

私が愛の戦士、魔法少女ユキとして戦うことになったきっかけは、フルールに選ばれたからだけれど。

フルールと共に、戦うことを選んだのは、私自身。

街の人々を守るためとはいえ、
多くの魔物を打ち倒し、封印の小瓶に閉じこめてきた私は。

事実、暴力の行使者ではなかったか。

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『もうやめろ! そのコに戦いを強いたのは、僕だ……!』

朦朧とした意識の外から、泣き叫ぶフルールの声が響く。

『この戦いは、そのコが望んだ戦いじゃないんだ…っ…』

ああ、フルール。

確かに、私は。
戦うことを、好んでいたわけではなかったけれど。

戦うことなく、彼らに人を襲うことをやめさせることができないか。
そんなことを考え込んだことも、幾度かはあったけれど。

でも。でも、でも。

そのために、私は何をしただろう。

……結局、何もしなかった。

魔物達との意志の疎通を図るよりも、
魔物達の犠牲になる人を減らすことを優先し続けてきた。

ねぇ、フルール、私は。

あなたに戦いを強いられたから、戦っていたんじゃない。

きっと、私は、戦いたかった。

あなたとともに、戦える事が、嬉しかった。

聖なる戦士、魔法少女である自分に、昂揚していた。
人々を守る盾であり、人々に仇なす者達を打ち払う剣である自分に、喜びを感じていた。

でも、それは。魔物達から見れば。

 

暴力の、化身。

 

実のところは、そうだったのかもしれない。

「……私は……。…いったい……」

心が乱れて。

私の身を守る聖衣に宿るエナジーに、刹那、綻びが生まれてしまった、その時を。

魔人は、決して見逃さなかった。

「見せたな。迷いを」

戦う事そのものに疑念を抱く事。
それは、聖なる戦士としてあるまじき不覚なのだ。

その隙間に差し込むように。

ザクリと、音がして。

視界が、霞む。

「……あ……」

おなかが、すごく、熱い。

見下ろすと、心臓の鼓動が早まる。

私のおなかに黒いエナジーが刺しこまれていた。

剣の形の闇のエナジーが、魔人の掌から突き出されている。

魔族の攻撃をことごとく弾くはずの聖衣を、貫通する闇のエナジーの刃。

物理的な攻撃ではなく、刃を形どった魔法による攻撃。

しまった。
今までの攻撃のすべては、この技のための布石だったんだ。

「あう、あ、かはっ……」

「そんな、ユキ! うああああああああっ? やめろ魔人! やめろやめろっ! ユキ、ああユキーーーーー!」

フルールの声を確かに聞きながらも、のけぞる私。

「あぐぅあああああああぁあぁああっっ!!」

それは、人々の守り手たる魔法少女をも殺しうる恐るべき魔導の技。

暗黒の魔術師だけが使える闇のエナジーの錬成。

『絶望』の念を黒の刃に変えて、直接相手に打ち込む暗黒の技術。

その名も、ダークスティング。

一度だけそれを使う魔物と戦ったことがある。
フルールのサポートがなければ、絶対に勝てなかった強敵。

老いた魔導士が自慢げに披露した最悪の技。
恐怖の黒の刃による、破滅的な痛苦をともなう拷問攻撃。

聖戦士の防御壁をも突破する、脅威の技術。

けれど、それを。
この魔人も使うことができたなんて。

「はっはっは。良い姿だな、魔法少女。いかに聖衣が強固であろうと、肉体を痛めつけ、心に隙を作ればこのザマよ」

勝ち誇る魔人の声が聞こえる。

「なまくら刀で打ち据えたのも、足蹴にしたのも、あくまで仕込みよ。本命は、これこの通り、我が闇のエナジーによる無形の剣。……ふふ、どうかね? 暗黒の力を直接 内臓で味合う気分は?」

耳元にささやかれる嘲笑の言葉。

「……うぎああぁああああああああぁああっっ!!」

魔人の問いかけに、私は掛け値なしの絶叫で応える。それに重ねられる、小さな妖精の血を吐くような叫び。

「ユ、ユキーィイーーーッ!!」

……ああ、フルール。

魔人に嬲られながらも、手を伸ばす私。

もう少しで妖精の少年に触れられそうだった。でも、それは錯覚。

磔にされたままのフルールと。
暗黒のエナジーで貫かれ、魔人の手に落ちた私。

私たちの距離は、遠くて。

「ユキィー! ユキーーーー!!」

磔にされたままバタついて暴れ、泣き叫ぶフルール。

「……ぅ、うあ、あ…、……フルール……」

心配しないで、と伝えたくて。
精一杯の力で。

叫ぶのをやめて。

ニッコリと、笑う。無理やりでも、笑う。

泣かないで。ね。フルール。お願い。
大丈夫。私、大丈夫だから。

ね、わたし。だいじょうぶ、だから。

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「……ね。……だい……すき、だから……」

……、あ、れ。

ちがった。

……いま、私、だいじょうぶ、って言いたかったんだけど、な。

でも、だいすき、でも……それはそれで……

……間違いでは……ない……んだっけ……?

フルールに手を伸ばしたまま、パクパクと口を動かすしかできない私。

そんな私達を嗤うように、魔人がフルールに語りかける。

「どうだ、妖精? 見るがいい。娘の腹に突き刺さった我が黒の刃を。我ら魔族に楯突いた愚か者は、こうなるのだ!! ……そして……」

「やめろぉ、もうやめろぉおおーー!」

……ずっ……ずずっ……。

フルールの前で私は、おなかの剣を、さらに押し込まれてしまった。

「わが暗黒の刃はより深く! 愚か者に絶望を与えるのだ!!」

「……あ……、かはっ……!」

ぼやける視界。うすれゆく意識。

やがて、憎むべき敵の声も、
守るべき人の声も、遠くなって……。

「はっはっはっ! 己の無力を知るがいい! 聖なる者たち!」

嗤う魔人の声。

「ユキーーーーー!」

遠くで響く、フルールの叫び。

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